見えない神様を好きになったワケ(1/2)

梅雨明けが待ち遠しい未來良です。

こんにちは

かなり久しぶりにケーキなんて食べてしまいました。

お皿はお気に入りの御深井焼きです。
赤と藍のコントラストが美しい・・・

さて、

突然ですが、私は神様が見えません!!

お会いしたことも、ございません!!

でも、見えない会ったこともない神様を「好きだなぁ〜」と思うきっかけがあり、ふと思い出したので書いてみます。

もう10年近く前の話ですが。

数年ぶりに母方の実家へ行った時のことでした。
住んでいた祖母もとうに他界し、空き家状態で年に数回家族が手入れに入る程度。
平屋建ての母屋に、外付けの風呂(昔は五右衛門風呂)にトイレ、井戸、二階建ての木造倉庫、
母屋がもう一つ建っても余るほどの畑が敷地内に広がっています。

その畑をてくてくと歩いている時に、何の気なしに振り返ると
敷地の一角に設けられていた 石造りの祠 が目に入りました。

「・・・・・・・・・・・」

(・・・・・・なんか気になる)

言葉ではなかなか上手く伝わらないかもしれませんが、
こう、ズームレンズでその一角だけぐぐーーーーーーーーーっと寄っていくような感じ。
目に映っている広い風景の中で、その祠を中心に焦点が絞られていくような
そんな感じがして、目が離せなくなりました。
周りの音も一瞬ですが、ふつっと消えてしまいました。

ただ、その時は他の用事もあって、特に祠を調べることもなく帰宅しました。
が、どうしてもその経験が頭から離れず、
当時少し交流があった「そちら方面でお仕事をされている方」にお話しました。

すると、

『ああ、そこにいらっしゃる神様がね、何とかしてくれって、気づいてくれって
 あなたに呼びかけてます。』

と教えてくれたのでした。

というのも、祖母が存命の頃は、祠はきちんと手入れがされ、折々にお供えもされていたのですが、
祖母がいなくなり、他の家族が訪れることも激減してしまい、周りは雑草と雑木だらけ・・・
祠の土台は苔むして所々砕け、それはそれは無残な状態になっていたのでした

今思えば、なぜ気に留めなかったんだろうというくらい、酷い有様だったのです。

(続きます)