見えない神様を好きになったワケ(2/2)

(前回の続きから)

その話を聞いた私は、
周りが気づかずに自分だけが気づいたこと、気にかけたことに責任を感じ、
遠路はるばる田舎の祖母の家まで単身向かうことにしました。

石の祠はもちろん、その周囲の荒れ果てた姿も改めてみると凄まじく
雑草は茫々と茂り、無造作に枝を伸ばした雑木には汚らしく蜘蛛の古巣がかかり
周辺の畑も荒れてゴミだらけ。

ろくに伐採道具も無く、田舎のことでホームセンターなどもありません。
木造の倉庫や母屋の土間を見回すと、剪定ばさみや小さな鋸や鉈などがあり
それらを使って整えることにしました。

祠までの道に伸びた雑木の枝を剪定ばさみと鋸でちまちま伐採し、
切った枝を運び、
しっかりと根付いた雑草を片っ端から引っこ抜き、
ゴミや石を取り除き、
祠の土台や屋根をみっしりと覆う苔を払い、
蜘蛛の巣を払い、
泥を洗いました。

祠の中にはアシナガバチの巣が干からびてくっついており、
どれだけの長い間、汚らしく放置されてきたのか・・・申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

一人の作業はかなりの重労働で3時間以上かかり、終わる頃にはヘトヘトになってしまい
立っているのもやっとの状態でした。
ですが、陽の光を遮っていた雑草や枝がなくなり、祠まで光が届くようになった道は明るく
一帯が見違えるように綺麗に整いました。

最後に、別の敷地に自生していた白い水仙の花を根ごと掘り出し、
祠の側に植え直し、花が活けられたようにして作業を終え
綺麗に整えられた満足感で田舎を後にしました。

そして、帰宅すると相談させてもらった「そちら方面でお仕事をされている方」に
綺麗になった祠の写真を添えて、無事に掃除を終えたことをメールでお伝えしました。

ところが! その方から慌てたように電話がかかってきたのです。

え? なんか、マズかったの!??
とおろおろする私に、ものすごーーく申し訳なさそうに、仰るには・・・

『神様ね、とても綺麗にしてくれてありがとうって、喜んでらっしゃるの。

で、でね・・・

あの、ちょっとね・・・

ちょっと、言いにくいけど、伝えてほしいってね、

あの・・・そばのお花ね、植えたのよね・・・?

あれがね、ちょっとね、どけてほしいってね・・・

祠に入るのに、お花を踏んじゃうから・・・

もうちょっと離れた場所ならいいんだけど、

ちょっと困ってるって・・・仰っててね』

えーーーーーーーーーーーーーーーっ!?

唖然としてしまった私に教えてくださったのですが、
神様というのは祠に入る時に、入り口の真正面から入るそうです。
横からちょろっと入ったり、後ろから回り込んで入ったりしないらしいんですね。

ところが、私が祠のほぼ正面に花を植えてしまったため、入ることができなくなってしまったというのです。

せっかく綺麗にしてくれたのに、入れなくて困っている、しかも善意から出た行為と知っているので
神様も言いにくい中で伝えてくれたようでした。

神様、ほんとスイマセン・・・。

というか、見てたんですね。
私が掃除しているのを、どこからか見てたんですね。
でも私は神様が見えませんし、声も聞くことができません。
きっと、最後に水仙の花を植えた時に

『あーーーーー!そこ邪魔になっちゃうからダメーーー!』

と思ったんだろうな、と思いました。

田舎の家族に連絡し、植え直してもらいましたが、
このことがあって、自分は見えないし聞こえませんが、神様が好きになったのでした。
後日、この話を友人に話すと私のマヌケぶりに爆笑してくれましたとさ。

早く梅雨明けしてほしい、この頃です。