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今はとにかく仕事優先だ。週末まで保てばいい。
この感じだと土曜の稽古は行けなくなるかもしれないけど、とにかく全部終わらせておかなくては。
ストレスと過労と蓄積した脳疲労で、考えているようで何も考えてはいなかった。
鉛のように全身が重く、割れるように痛む頭と込み上げ続ける吐き気に耐えながら、
ひたすらにパソコンに向かい続けていた。
限界がきていた心身
身体の中に蓄積された疲労は熱となって籠り続け、土曜日の朝が来たことは分かっていましたが、身体を起こすことができずにそのまま一日が終わりました。
翌日、携帯を見ると師範からメールが届いていました。私に渡したいと思っていたものがあり、昨日の稽古で会えると思っていたところ欠席していたので残念だったとのことで、ごく短い内容が綴られていました。
申し訳なさでいっぱいになりながらも、体調不良が続いていること、来週には必ず稽古に参加できるように体調を整えておくことをかろうじて返信すると、携帯を枕元に取り落として眠ってしまったようでした。
日曜日の夜には幾分体調は回復したものの、鏡に映る自分の顔が土気色にくすみ、目が淀んで不健康そのものの特殊メイクをしたようになっているのを見て、またげんなりとしてしまいました。
月曜日からの仕事の手順を反芻しながら、
未來楽今はとにかく仕事優先だ。来週末まで保てばいい。
とまた同じことを思っていることに気づいていませんでした。
「なぜ、大事にしないのですか」
週の前半を乗り切ると、幾分仕事も落ち着いてきたため前週の状態よりかは回復したように見えました。
相変わらず血の気を失った白い顔でどんよりとした目には疲労の色が浮かんでいたものの、頭痛と吐き気はほぼなくなっていました。
「これなら、土曜日に稽古に行くことができそうだし、もしまた体調不良になっても日曜日を丸一日休養に当てれば、月曜日からの仕事に支障を来たすことはないだろう」そう考えていました。



先週の状態よりかはマシだし、これなら周りの人から見ても体調不良だとはバレないだろうし。
とにかく、先週の欠席を師範に謝らなくっちゃ。
そう思って、稽古が始まる随分前から稽古場に入って準備を整え、師範が来るのを待っていました。
しばらくすると入り口から師範が入ってこられるのが見えたので、準備運動を中断して前に進み出ると、一礼して正座をし、謝罪させていただきました。



先週はせっかくの稽古日に参加できず、誠に申し訳ありませんでした。自己管理がなっておらず体調を崩してしまい、お恥ずかしい限りです。
そう、頭を下げたまま一気にお伝えし、さらに頭を下げてから後ろへ下がろうとしたところ、少しの沈黙の後、叱るのでもなく諭すのでもなく、呟くように一言だけ、お声がかかりました。
「なぜ、大事にしないのですか」
その言葉の中に哀しい響きがあり、思わず顔をあげると、私の顔をじっと見ている師範の目がありました。



稽古を休んだことを責めているのではありません。
なぜ、あなたは自分の心身を大事にしてくれないのですか?
私はそれが悲しいのです。
言葉が出てこない私に、続けて



あなたの身体はあなたのものであって、実はそうではないのですよ。
天から与えられた大事な命です。
あなたはもっと自分の命を愛でてあげてください。
いつしか師範の目にはうっすらと涙が浮かび、心の底からの悲しみが滲んでいました。
目の前の人物が、どれだけ自分の命を大事に思ってくれているのか、
当の本人が少しも大事にしていないことがどれほど悲しいことなのか、
この瞬間に私は自分がどれだけ愚かであったかを雷に撃たれるような感覚のなかで痛感しました。
涙が溢れそうになるのを必死で耐え、ここで私が泣くのは違う!と心の中で叫びながら、やっとのことで声を振り絞りました。



至りませんでした!もう二度とこのようなことは致しません。
そう必死でお伝えすると、師範はやっと静かな笑顔を見せてくださり、そうそうこれを渡そうと思っていたんだったと、私が好きな能楽の詳しい資料を印刷したものを渡してくださいました。
今ある生命は、天からの贈り物。
私はこのことがあってから、自分に対する扱いを考えるようになりました。
自分に与えられた肉体と生命そのものを、自分がどう考えているかを、考えるようになりました。
愛でるというのは、もちろんただ甘やかすことではありません。
与えられた肉体に感謝をし、尊重して大切に敬い、
この肉体を使ってさまざまな学びと感動を味わい、
自己を磨き続けながら生きていくことが目指すべき道なのだと考えるようになりました。
そして、それは、自分以外の存在についても同じことがいえます。
石も、植物も、動物も、人も、自然もすべて。そして、八百万の神々もすべて。
まだまだ、私は到達地点すら見えてはいませんが、
与えられた人生を、贈られた生命を、大事に。
生きていこうと思います。










