本記事をお読みいただく前に、こちらの記事をまだお読みいただいていない方はご参照ください。

さて、今回も武道の師範のお話になります。
師範は大変なご高齢ということもあり、稽古場への往復や流派の代表としてのお仕事などを補佐するために、補佐役として付き人がお二人いらっしゃいます。
私は入門してすぐに、ごく自然な流れでこの補佐役の方々をさらに補佐する役回りを担うようになりました。そのため、有り難いことに師範と行動を共にする機会もいただきました。
思い立ったが吉日よりも、より早く。
さて、師範のお人柄を語る時に、もっとも驚かされるのがその決断の速さと行動力です。師範とお話をして何事かを決めた場合、「じゃあ、日取りは追い追い決めるとして」とか「後日あの人にお声がけしてみますね」などとタイミングを測ることはまずありません。
即断、即決!即実行。その場で行動してどんどん物事を進めて行きます。例えばこんな感じです。
師範⚫︎⚫︎さんの講演が近くあるようだな。



調べてみました。来月の土曜日ですね、資料を取り寄せましょうか?



行きましょう。4名で予約を入れておいてください。その日の予定はどうなっていたかな?U支部の指導が入っていたと思うが。



はい、あとはEさんと例の件で相談が入るかもしれません。



Eさんに電話してください、出たら私に代わってください。早めに決めておきましょう、今からS町に立ちよってAさんにも話を通しておきます。
これで講演も聞けますし支障ありません。



ちょうど4枠のみ空いていました。



ちょうどよかったな。
私は補佐役の方々の手際の良さにも驚きましたが、常に即断即決の師範には慣れたものといったところでした。そして、何度もこのようなやり取りを目にするたびに、師範の求めている情報や人との繋がりが絶妙なタイミングで手に入っていく様子が不思議でなりませんでした。
必要なものが必要な時に必ずやってくる
師範が求めるものが、ちょうどよいタイミングで引き寄せられるように集まっては、願いが思うようにスムーズに叶っていくことが不思議でならず、思わず呟いてしまったことがありました。
何か叶えたいとか、こうしたいと思った時に、自分以外のいろんなことを調整して、方向転換をして、タイミングを見計らって、何かを諦めることもありながら、何とか四苦八苦しながら進めていくことが普通だと思っていました。なので、師範がこうしたいと思った通りになる流れに呆気に取られるばかりだったのです。



あのう、お伺いしてもいいでしょうか。なぜいつも師範の周りには必要なものが揃うのでしょうか?



昔からそうなんだよ。私は必要な時に必要なものが集まってくる。それはもっとも好いタイミングでやってくるんだよ。だから、自然に任せているんだよ。



確か、O支部の稽古場を探している時もそうでしたね。



昨年の合同練習会の時も、お忙しいR先生がつかまったのはタイミングよかったですし。



Y先生との出会いもすごかったですよね。あんな繋がり方するなんてすごかったです。



願っているものが手に入らない時はね、必ずあとからそれ以上に素晴らしいタイミングでよりよい機会がくるからね。面白いもんです。
そして、続けて師範が話してくれたのは、物事を自分の私利私欲で進めていないことも要因であるということでした。導かれるような流れの中でごく自然に振る舞っているからこそ、自分の意図しないところで想像以上の見えない力が働いているのかと思いました。
神様に好かれる、直感と行動の人。
私もそこそこ即行動タイプの人間ではありましたが、そのさらに遥か上の次元で行動されている師範の姿に心底驚かされました。
補佐役の方も話してくれましたが、きっと神様に好かれるのは師範のような人なんだと思うと、長年側でいろんな経験をしてきて実感したことを教えてくれました。



神様やご先祖様がサインを下さっているとしてね、「また今度」や「後でいいかな」となるとがっかりされると思うのよ。でも、師範はすぐに行動される。自分の都合で物事のタイミングを調整しようとしたり、遅らせたりなんていうことは絶対されないのよ。



人間でもそうですもんね。今だよ!今ちょうどいいよ!って一生懸命何かを訴えても、勝手に後回しにされたら「教えても意味がないや」ってがっかりしちゃいますもんね。



だから私も師範の真似して、即行動するようにしてるの。



えー!じゃあ、私も真似します!
まだまだ修行中の身ではありますが、それでも師範の真似をして直感が働いた時に動くようにしていったところ、やはり自然な流れで物事が進むようになりました。
せっかく降りてきた直感やメッセージを「他に用事があるし」とか「こっちの方が楽だし」などと自分の都合でタイミングを調整してしまうのは、その啓示を蔑ろにしているようなものですからね。
なかなか師範のように私利私欲に惑わされずに物事を進めるには修行が必要ですが、神様に好かれる人になれるように心がけていこうと思います。










