さて、今回も、私が幼少期によく過ごしていた祖父母が住む田舎町でのできごとです。

それは、冬休みだったか、秋の連休だったか、少し寒さを感じる季節で天気がよい日が続いていたと記憶しています。
朝から妙にそわそわしていた日
祖母は孫の目から見ても明るくよく笑う人で、優しくて穏やかな性格だと感じていました。家の中にいてしっかり家事をこなす大人しげな人というイメージで、羽目を外したり騒いだりするような姿を一度も見かけたことはありませんでした。
ただ、その日は妙にそわそわしているというか、忙しそうというか、いつもと違う雰囲気が漂っていました。
いつも以上にてきぱきと家事を片付け、いつも以上に時計を気にしているように見えたのです。そして、午後を少し過ぎようかという頃に急に誘われたのでした。
おばあちゃん小学校で餅投げがあるから、行くよ!
何のことだか一向に分からない私は、なぜ小学校なのか、もちなげとは何なのか、何をしに行くのか全く理解できずにぼかんとなりました。
小学校は町に一つだけあり、なかなか立派な大きな校舎にかなり広い校庭があるので、毎年の夏祭りの会場になっている場所でした。でも、今は夏ではありません。





おばあちゃん、もちなげって何ー?何しに行くのー?



着いてきたら分かるから、袋を持って。妹ちゃんもおいで!
祖母には珍しく意気揚々と半ば強引に連れ出されることになりました。
初めて見た餅投げ
家を出ると、町中の人がぞろぞろと一方向に向かって歩いている姿がありました。それぞれ手にはビニール袋や籠などを持って、何やら楽しそうにご近所さん同士が連れ立って出てきているのでした。
ぽん、ぽん、と小さく白い煙をあげるだけの花火が上がり、小学校が近づくに連れて校庭にはかなりの人だかりができているのが見えてきました。
この町にこれだけの人がいたのか?というほど、たくさんの人が集まっており、そのほとんどが年配のおじさんやおばさんで自分のような子どもは数人ちらほらと見える程度でした。
校庭には夏祭りのような櫓が建てられていましたが、ごく簡素なもので、櫓の隣には軽トラが数台停まっていました。櫓にも軽トラの荷台にも水色や黄色の大きなコンテナがいくつも積み上げられており、それぞれ7〜8人の大人が忙しそうに中を確認したり積み上げ方を調整したりしていました。



あそこから投げてくれるお餅を拾うのよ。おばあちゃん、ちょっと前の方に行っているから、気をつけて拾いなさいね。



うん、よく分からんけど、分かった!おばあちゃんも気をつけて〜
と、まあ。人垣をうまく抜けて櫓の方へ進んでいく祖母の後ろ姿を見つつ、私と妹は群衆から少し離れた後ろの方で何事かが始まるのを待っていました。
そして、その時は突然やってきたのでした。
わあーーーっ!という歓声が響き渡ったのと同時に、こぶし大のお餅がパアッと宙に舞ったのです。そこからはもう、大歓声と掛け声と笑い声とが入り混じり、文字通りお祭り騒ぎとなりました。


どっと櫓とトラックの方へ群がる人たちの頭上には、大量の白やピンク色の塊が降り注ぎ、「こっちこっち!」「こっちにもー!」と歓声が上がります。私は手にしていた袋を持って駆け寄ると、足元に転がってきたお餅を一生懸命拾って袋の中に放り込みました。
人の顔ほどの大きさののし餅が円盤のように投げられたり、差し上げられた籠にダイレクトにお餅十数個がどさどさと放り込まれたり、あっちこっちキョロキョロしながら棒立ちになっている人がいるかと思えば、両手を上げて空中キャッチする人がいたりと、面白くなった私はげらげら笑いながらも必死で走り回りました。
「はいーーーー!!おしまーーーーい!!」
と櫓から声がかかり、空になったコンテナが高々と掲げられると、集まった人々から大歓声と拍手が巻き起こりました。
それぞれの「戦果」
大歓声と笑いの中で、集まった人がやれやれといった様子で校庭を後にしていく中、祖母が戻ってくるのを待っていました。
解散していく人の中から祖母の姿を見つけて駆け寄り、「よく分からないまま始まって終わったけど、なんか面白かったー!」と喜びながら、じゃあ帰ろうかと手にした袋をさげて三人で家路につくことにしました。
家に帰るとさっそくそれぞれが拾ったお餅を確認することにしました。どうやら妹は積極的に参加していたわけではなく、群衆から離れて、転がってきたものを拾い上げただけのようでした。



妹ちゃんは2つかあ、私は7個だったよ。
お餅は可愛く丸めらた丸餅で、袋の真ん中に「祝」と赤い文字の印刷が入っていました。
あとで知ったのですが、この餅撒きは年に一度の収穫祭で、毎年町民が心待ちにしている一大イベントでした。これまでも行われていましたが、私や妹が小さい頃は人混みで危険でもあるため、この年に初めて連れて行ってもらったというわけです。



よいしょ、じゃあ、こっちにいくつあるか数えてくれるかね。
祖母が持った袋にたくさんのお餅が入っていそうなことは道すがら見ていましたが、いざ袋を開けてみてその数に驚きました。中でも、宙を舞うのを見ただけだった大きなのし餅が一枚入っており、丸餅10個分はありそうでした。
数えてみると、何とその数 丸餅が43個。大きなのし餅を加えると50個以上の『戦果』でした。



おや、そんなものかね。少なかったね、じゃあ、おばあちゃん、ちょっと出掛けてくるからお留守番お願いねえ。
そう孫たちに声をかけると、風呂敷でお餅を包んでまた出掛けてしまいました。
しばらくして帰ってきた祖母の手には畳まれて風呂敷があるだけで、お餅は一つも持っていませんでした。どうやら、お餅拾いに行けなかったご近所さんに配って回ったようでした。祖母がお餅を大好きであること、自分もお餅が好きであったことから驚いてしまいました。



おばあちゃん、全部ひとにあげちゃったの!あんなに拾ってたのに!?



みくらちゃんと妹ちゃんが拾ったのがあるじゃない。うちはそれだけあれば十分よ、焼いてあげようね。
そういうと、拾ったばかりのお餅を焼いて砂糖を混ぜたきなこをたっぷりとつけてくれ、お皿に盛って食べさせてくれたのでした。搗いてから間もないお餅だったようで、とても柔らかく甘みがあり「美味しい」を連呼しながら、みんなであっという間に食べてしまいました。
しかし、私はこの時に密かに決意していたことがありました。



私がもっと拾えていたら、おばあちゃんもお餅をもっと食べられていたはず。こんなんじゃダメだ…!
数年後の餅拾い
「あんたはいくつ拾ったの?」
と母から声がかかると、私は袋を逆さまにして畳の上にお餅を広げて数え始めました。



37個。まあまあかな、ピンクのやつが多いから、まあ満足だけどね。
「祝」の赤い文字が入った薄いビニール袋に入ったお餅が整然と畳に並んでいる様子を見ながら、「まあ、おばあちゃんには負けるけどね」と笑いました。
あれから何度かお餅拾いに参加して、たくさん拾うコツを身につけたのですが、まだまだ全盛期の祖母のようにはいきません。小柄な祖母でしたが、ここぞという時の俊敏さは目を見張るものがあり、いつもは大人しい静かな祖母の姿とのギャップに驚いたことを思い出しました。



おばあちゃんくらいの達人になるには、まだまだ修行が足りませんわ!
ひょいと一つ拾い上げて手に持つと、子どもの頃はもう少し大きく見えたんだけどなあ、とあの秋の日の光景を思い出すのでした。










